研究概要 |
13世紀の中英語による作品、Ancrene Wisse(修道女の手引き)は全部で17の写本が現存している。テキストは英語、仏語、ラテン語の3言語で書かれている。原作は英語であったことがほぼ明らかにされているが、今回の研究調査により、この仏語写本は、E.J.Dobsonが1976年に示した全写本の系統図における位置よりも、原作の写本にもっと近かったのではないか、と推測される。 仏語による写本の1つLondon, British Library, MS.Vitellius F viiは14世紀初期に筆写されているが、原作の内容をかなり、とどめており、最初に作られた仏語版の流れを汲んでいると考えられる。この写本の筆写のシステムからは、急いで、あるいは大量生産しようとしたことも判明した。Ancrene Wisseの仏語訳がすぐに必要であった事実は、Ancrene Wisseの作品そのものの人気の高さと、当時、仏語が母語であり、まだ英語を完全に理解できずにいた上流階級の女性たちがいたことを物語っている。 たいへん興味深いのは、この写本の書き込みからわかる写本の15世紀の所有者の家系図をさかのぼると、Vitellius写本が筆写されたのもAncrene Wisseの原作が成立したであろうと考えられる場所に行き着いたことである。つまり、この仏語写本も、原作と同じ、あるいは、それと非常に近い場所で作成されたのではないか、と推測できることである。 ロンドンの大英図書館とケンブリッジ大学図書館では、Ancrene Wisse及び、関連する写本を調査した。日本で入手の難しい資料はA4サイズに統一してコピーし持ち帰り、写本のマイクロフィルムも注文し購入したので、日本国内でも調査を続けることができた。特にケンブリッジでは中世文学や中世史の分野の学者と交流する機会が多く、最新の情報交換ができた。
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