研究概要 |
筆者が北アイルランド小説の研究を始めて15年になる。この間に研究した小説家たちのうちで特に筆者の関心を引いた7人の小説家を取り上げ論考し、2003年10月に『北アイルランド小説の可能性-融和と普遍性の模索-』(溪水杜)と題する一冊の研究書にまとめて出版した。この7人は、ジョージ・A・バーミンガム(第1章)、シャン・F・ブロック(第2章)、リン・C・ドイル、バーナード・マクラヴァティー(第3章)、プライアン・ムーア(第4章)、グレン・パタソン(第5章)、ロバート・マックリアム・ウィルソン(第6章)である。本書のねらいは、北アイルランドでは、従来、シュイマス・ヒーニーに代表される詩、ブライアン・フリールに代表される演劇が重要視され、小説は軽視され続けてきたが、これらの小説家たちの論考を通じて、北アイルランド小説がいかに世界に通じる普遍的価値を備えているかを実証することであった。本書は、北アイルランドの小説家たちは、ユニオニストとナショナリストの対立を描くことによって世界の他の紛争にも当てはまる普遍的な問題を呈しているということと、北アイルランド社会の紛争以外の局面を描きそのコズモポリタン性を提示しているということを実証した。 同2003年8月にはイギリス、アイルランドで調査・資料収集を行った。イギリスでは、バーミンガムの子孫と親交のあるマリオン・ウェルズ氏に会い、インタビューをすると同時に資料提供を受けた。アイルランドではダブリン・トリニティー大学の図書館に所蔵されてあるバーミンガムの手紙、書評の新聞切り抜き等を筆写した。また北アイルランドではパタソンに再会し、彼が2003年4月に出版したNumber 5について語り合うと同時に、日本を舞台にした日次の小説The Third Partyの構想を聞いた。 2003年12月には、日本アイルランド協会主催アイルランド研究年次大会(成城大学)でパタソンについて研究発表し、彼の小説が、いかにユニオニストとナショナリストの対立問題の枠を越えた、北アイルランドのコズモボリタン的な局面を描いているかを示した。2004年2月には、『別府大学短期人学部紀要』第23号にパタソンのエッセイ"Love poetry, the RUC and Me"の日本語訳を発表した。これは北アイルランド社会を知る上で、またパタソンの小説の背景を知る上で、非常に興味深いエッセイである。3月には、日本アイルランド協会文学研究会定例会(立教大学)で、拙著『北アイルランド小説の可能性』をもとに、北アイルランド社会の変遷に従って北アイルランド小説も変わりつつあることを口頭発表した。
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