当科研費受給者の当初の研究課題は、「北アイルランドの小説家たちがナショナリズムとユニオニズムの対立をどのように描き、どのような解決策を呈示しているか」という、北アイルランド内部に限った局所的なことであった。しかし研究を通して明らかになったのは、北アイルランドの小説家たちはこの対立問題の描写を通して、そしてまたそれ以外の事象の描写を通して、世界に通じる普遍的な価値を有する作品を書き続けているということであった。ジョージ・A・バーミンガムがSpanish Gold(1908)、General John Regan(1913)、Good Intention(1945)等のユーモア小説を通して訴えているのは「何事も深刻に考えすぎるべきではない。いかなることの中にも『笑い』の要素を見出すことが肝要だ」という、人間のあらゆる対立問題の解決に当てはまる哲学的真実である。そして、対立問題の解決のために八面六管の大活躍をする彼の小説の主人公たちは、「自己犠牲精神」というキリスト教倫理を備えており、アイルランド国教会牧師でもあったバーミンガムの倫理観を具現していると言えよう。今後は、The Wisdom of Desert(1904)、Isaiah(1937)等、バーミンガムの著したキリスト教に関するエッセイを精読することにより、彼のキリスト教倫理と小説の関係を追究する予定である。 北アイルランドには、現代小説家たちのうちにも、バーナード・マクラヴァティーやグレン・パタソンら優れた作家がいる。パタソンはNumber5(2003)、That Which Was(2004)等を通して、ベルファーストの様々な姿を呈示し、ナショナリズムとユニオニズム以外の価値観を模索している。その意味ではバーミンガムに通じるものがあり、「パタソンとバーミンガムの作品を読み比べてみる価値がある」というマイケル・パーカーの指摘の正しさを裏付けている。次作The Third Party(2007)では、日本を旅する北アイルランド人を描き、パタソンの小説はさらに広がりを見せる。 2003年には今までの研究を『北アイルランド小説の可能性-融和と普遍性の模索-』(渓水社)と題した一冊の研究書にまとめた。今後は、バーミンガムの評伝(英文)の出版を第一目標に置いて研究を続ける予定である。またパタソンのいずれかの作品を翻訳出版したい。さらには、ジョイス・ケアリーやC・S・ルイスのような、北アイルランド出身で、イギリスで名を成した作家たちも取り上げ、北アイルランド小説の奥の深さを明らかにしたい。
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