哲学的地下文書『三人の詐欺師論』あるいは『スピノザの精神』の研究は、ヴィンフリート・シュレーダーによる1768年刊行本の校訂版、シルヴィア・ベルチによる1719年刊行本の校訂版、フランソワーズ・シャルルードベールによるホーエンドルフ男爵所蔵のマニュスクリ批評版によって、ここ十年間に大きな進展を見せた。これらを基に『三人の詐欺師論』の典拠を改めて調査すると、スピノザの利用とならび、ホッブズ『リヴァイアサン』の全体的利用が顕著である。ホッブズの唯物論のヨーロッパ大陸への影響は、1770年前後におけるドルバックらのホッブズ再発見まで、あまり見られないとされてきた。しかし、18世紀前半の代表的地下文書である『三人の詐欺師論』が広くヨーロッパ大陸に流布したことを考えるならば、ホッブズの唯物論がこのような要約版の形で早い時期から大陸においても影響力をもった可能性がある。さらに、1770年頃のドルバックによるホッブズの唯物論の提示も、ジョン・トーランドの合理主義神学の理性論を批判的に利用して『リヴァイアサン』の唯物論と組み合わせ、一挙に唯物論的無神論の理論を提出しようとするものであった。すなわち、トーランド『キリスト教は神秘的ならず』「第一部理性について」は、ジョン・ロック『人間知性論』の理性論を抜粋し理神論に用いようとしたものだが、ドルバックはそれを批判的に継承し、哲学的地下文書刊行の活動においてホッブズの唯物論と接合する戦略を立てている。このように哲学的地下文書の調査によって、イギリスの唯物論・経験論のヨーロッパ大陸への影響は、より具体的にその構造を示すことができる。
|