本年度は、主として、ジャン=ジャック・ルソーのもつとも重要な自伝的作品のひとつ『ルソー、ジャン=ジャックを裁く-対話』(以下、『対話』と略記)のテクストを電子化する作業に取り組んだ。『対話』は、『告白』、『孤独な散歩者の夢想』とならんで、ルソー晩年の自伝的著作群を形成するきわめて重要なテクストであるが、どういうわけか、この作品の電子テクストはフランスの国立図書館のサイトにも、また他の主要なハイパーテクストサイトにも見いだすことができない。そこで、わたしはこの作品の電子化を試みることにした。作業は順調に進み、現在、ほぼ7割の分量の電子化が終了している。 というのも、わたしの「フランス16世紀から19世紀」における公共的世界・公衆の出現と変容」にかんする研究は、18世紀における、批判的理性の主体としての公衆の誕生という歴史的現象に対して、例外的に鋭敏な感性を持った例外的な作家・思想家であったジャン=ジャック・ルソーに、きわめて重要な位置づけを与えているからである。なかでも、「対話』におけるpublicという単語の頻度と使用法には注目すべきものがあり、この点の分析を深めることが、本研究の中心的な課題のひとつとなるであろうと思われたのである。あるひとつの単語に注目するだけで事が済むのであれば、テクストの電子化などという作業をおこなう必要はないのかもしれないが、もとよりある単語はそれのみで孤立して存在しているわけではない。publicは、作品に固有の語彙的・意味的構造の一部として機能しているのであり、したがって分析作業は、publicと深く結びついている多様な語彙を視野に収めたうえで展開されなければならない。こうして、わたしは、『対話』のテクストの電子化を避けて通ることのできないステップであると判断するにいたったのである。 電子化作業の底本には、1999年にエリック・ボルニュによって提供されたGarnier-Flammarion版を使用した。
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