本年度は、昨年4月に研究成果の重要な柱として刊行した著作『公衆の誕生、文学の出現-ルソー的経験と現代』(みすず書房)で展開した議論、とりわけジャン=ジャック・ルソーの自伝的作品でこれまであまり論じられることのなかった『対話、ルソー、ジャン=ジャックを裁く』における、「公衆」の表象をめぐる論述の妥当性について、完成した電子テクストを用いての確認作業をおこなった。上記の著作でわたしが展開した『対話ルソー、ジャン=ジャックを裁く』論は、この作品において、公衆という語がどのようなコンテクストでどのように使用されているかを論じたものだが、電子テクストが完成途上にあった昨年の段階では、分析は記憶に頼らざるをえない側面があったが、今回は、自力で作成した電子テクストでそのいちいちを検証することができたことは有益であった。上記の著作の執筆にあたっては、作品のなかに出てくる公衆をめぐる記述をカードに取って考察をすすめたので、大きな過ちを犯すことはなかったと考えているが、それにしても文学的テクストの分析に際して、電子テクストがいかに強力な武器になりうるかを実感するに十分な作業であった。電子テクストの公開にかんしては、参照したエディションの作成者エリック・ルボルニュ氏および出版社との交渉を経ねばならないので、すぐに実現することは困難だが、早期の公開に向けて最大限の努一力を傾けるつもりである。 また、ルソーの場合を大きな視野のなかに収めるべく、今回の補助費を利用して購入したCorpus de la litterature narrativeを利用して、おもに18世紀の他の作家たちにおける公衆の現れ方を検討することにも努力を傾けた。しかし、この作業はあまりにも膨大であるため、いまだに整理を行う段階に達していない。
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