「『人間喜劇』における娼婦像」では、バルザックの小説世界に現れるクルチザンヌ像(作者の夢や憧れが投影され、小説的次元に昇華された娼婦像)を詳しく分析した。バルザックの描くクルチザンヌは、財産ばかりか自らの命をも浪費するタイプと、愛する男のために自らを犠牲にする《courtisane amoureuse》の二つに大きく区分できる。しかし、この二つの枠組みに還元できないタイプがエステルで、男性原理の象徴であるヴォートランが、彼女のセクシュアリテの危険な力を無力化していく過程を、当時の衛生学者パラン=デュシャトレの規制主義の考えと比較対照しながら検証した。更に『従妹ベット』のヴァレリーに表象される女性の力は、父権的社会において危険であるが、創造的な力も発揮するものであり、そこにバルザックの独自性を見出した。 「ロマン主義的クルチザンヌの系譜-原点としての『マノン・レスコー』-」では、アベ・プレヴォーのマノン・レスコーを、ロマン主義的クルチザンヌの原点とみなし、マノン像を分析した。マノンは、彼女への男の絶対的な愛情の力によって、真実の愛に目覚め、彼への永遠の愛を誓いながら砂漠で死ぬことで聖性を帯びる《courtisane amoureuse》の典型と見なされることが多い。それをロマン主義作家たちの批評を通して見ていった。しかし、それが「男の視線」を通してのマノン像であり、男の論理では捉え難い女の本質をマノンが体現し、その謎を解明しようとする男たちの「謎の探究」であったことを、本研究で明らかにした。マノンの矛盾した性格、その変幻自在さが多くの男性作家を魅了し、様々な女性像を生み出す源泉となったと言える。 共著『バルザックとこだわりフランス』では、バルザックにまつわる場所(パリとフランスの地方など)についての文学探訪を行い、とりわけリモージュの項で、女主人公の心の動きと住む場所との照応関係を探っていった。
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