本年度は、小畑がフランス・ベルギーに、寺家村がカナダに赴き、現地の研究者と交流、また、資料を収集、帰国後は収集資料の整理と分析を行った。その中で特にケベック以外でも出版され、読まれた小説の受容に注目し、考察を加えてみたい。 例えばイヴ・テリオーの『アガグック』は、一九五八年にフランスとカナダで同時に刊行されている。『三十アルパン』など若干の例外はあるが、フランス人のケベックに対する関心は低く、フランスで出版されるケベックの小説は当時珍しかった。この小説もケベックの小説というよりも、当時エスキモーと呼ばれていたイヌイットの物語として読まれたようである。 しかし、この小説は、青年アガグックの成長を語り、二十世紀前半のイヌイットの生態を活写すると同時に、伝統と近代化の対立というケベック社会自体の問題がそこに織り込まれているようである。それは閉鎖性から開放へと向かう当時のフランス系カナダ人の意識の反映でもあろう。彼らは広い世界の中での存在として自分たちを考え始めたのである。 また、『やぁ、ガラルノー』(一九六七年)は、当初パリのEditions de Seuilから刊行され、主人公フランソワの手記を通して『アガグック』が孕んでいたフランス系カナダ人の意識の変容をはっきりとフランス人読者に示した。こうした小説はフランコフォン意識の形成に繋がっていくと考えられる。
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