カルシュはドイツで最初の自立した女流詩人でありながら、正当な評価を受けてこなかった。本研究は狭義の文学研究を超えて、歴史の文脈のなかにカルシュを位置づける試みである。カルシュの自立という場合、それが「個人主義」の歴史と不可分であることはいうまでもない。そのため研究代表者はまず個人主義の歴史を風俗史・社会史の立場から明らかにしようとした。5世紀に、ほかならぬ女性の力によってヨーロッパがキリスト教化されたのち、12世紀にいたってようやく個人主義が発生する。それは16世紀の宗教改革をつうじて、いわば宗教的個人主義として確立されるが、その後も多くの苦難をのりこえねばならなかった。その過程をカルシュまでたどったのである。その成果は本研究の最終報告書にしたためる予定である。 本年度は以上のような個人主義史の研究に多くの時間が費やされたが、他方でカルシュ作品の分析のための基礎資料を作成した。カルシュ作品としては、生前刊行された『精選詩集』と『新詩集』、それに、没後、娘カロリーネの手で編まれた『カルシュ詩集』(いずれも復刻版)を入手することができたが、ビラのかたちで発表された詩の多くは入手できなかった。しかし、カルシュ詩の大多数はこの三冊の詩集に尽くされているので、この三冊の詩集にもとづいて詩の成立年を可能な範囲で確定し、タイトルと冒頭句のアルファベット順に配列した索引を作成した。前者については、いわゆる「機会詩」が多く、成立年を確定しえない場合も多いが、各種版本に従ってその概略を確認した。後者についていえば、今日までに刊行された各種版本でテクストに異同が多く、不誠実な編集による粗悪な詩集さえ出版されているため、それら各種刊本を比較対照しうるよう、索引には数種類の刊本の収録ページ数を併記下。これも最終報告書に付載する。
|