本研究は、スターリン時代における検閲システムを、主として権力の側から考察するものである。研究のテーマそのものは、ソ連崩壊後、にわかに浮上してきたトピックで、ロシア国内および国外でも地道な研究が続けられている。それらの実績にかんがみ、今年度は、主として2004年に没後50年をむかえたセルゲイ・プロコフィエフとスターリン権力との相互関係について調べ、さらに私がいま試みているスターリン学(stalinology)の構築に向けて、次のような論文を発表した。それらはすべて『熱狂とユーフォリア』(平凡社刊、全530頁、2004年11月刊行)に収められている。 1 セルゲイ・プロコフィエフとスターリン権力を扱った論文では、およそ15年にわたった異国放浪の末に、1936年にソビエトへの帰還を決意した理由と動機を明らかにし、その後、約3年間において作曲されたソビエト礼賛(『十月革命20周年記念のためのカンタータ』他)ないしスターリン礼賛(映画音楽『アレクサンドル・ネフスキー』、カンタータ『祝杯』)の音楽の政治的意味と、それに対する、実質的には当時のソビエト最高の検閲機関である芸術問題委員会(KDI)の対応を歴史的に意味づけ、そのなかで純粋に芸術的な営みとしてどう成り立っているかを分析した。 2 遺伝学者ルイセンコおよび言語学者マルの二人とスターリン権力との関係を扱った論文では、従来の彼らに対する評価をあらため、ロシア・アヴァンギャルド運動および詩学、世界観との観点から新たな照明を当てることによって、その現代的な意味を浮かびあがらせた。 3 メイエルホリドとスターリン権力との関係を扱った論文では、これまであまり知られることのなかった最晩年の彼の伝記的な謎をめぐって、最新の資料を用いながら明らかにした。 以上3点がこの一年の実績ということができるが、ただ、本来の目的である「権力の側」からの視点という意味の研究は、いまだ十分な成果を収めているとはいいがたく、今後に期したいと考えている。
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