アフリカの伝統社会では、民話が重要な教育の役割を果たして来た。民話は、民族語で語られ、コミュニティ社会では子どもたちを共同でそだてる道具だった。民話は民族の叡智によって作り出され、民族の歴史を語り、民族のアイデンティティを培ってきた。子供が間違ったことをしたときには、親は直接に叱るのではなく、民話を語り聞かせて、何が問題であるのかを子どもに考えさせる。こうした教育と娯楽の要素をもつ口承伝統文化がアフリカ社会に生きているのである。 しかしながら、近代化の波が押し寄せ、口承伝統が破壊の危機にさらされている。伝統的にストーリーテラーの役割を担ったのは女性であったので、女性のストーリーテラーの社会的、文化的役割を分析することが、本研究の主目的であった。 ストーリーテラーであるチナ・ムショーペが南アフリカの各地の小学校などを回り、民族語で子供たちに語りの文化を伝承している。こうした活動を調査した。明らかになったのは、アフリカの子供の本をとりまく状況が大変貧弱であるために、チナ・ムショーペのような文化活動が欠かせないのである。 子供のための本(児童文学)は、アフリカ社会では、ヨーロッパやアメリカの児童文学作品が輸入されており、アフリカの子供をとりまく環境に合致した本がないことも問題である。女性のストーリーテラーの活動を通して見えてくるものは、アフリカ人の教育、文化状況であり、女性と開発の視点から、こうした問題へのアプローチの研究は非常に有意義であった。
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