本年度は、出産および育児休業等により現地調査が不可能なため、これまでの現地調査で得られた資料および文献資料の分析と、研究再開時に向けての調査項目の整理を行った。これまでの調査で明らかになったことは、台湾原住民諸語には、言語類型論上「フィリピン型」と呼ばれるヴォイス交替と、能格性に一見関係すると見られる被動者名詞句の優位性が観察されるが、ルカイ語は他の諸語と異なり、対格型のヴォイス交替および動作主名詞句の優位性が顕著に見られた。このことから、ルカイ語と他の台湾原住民諸語やフィリピン型諸言語とを比較・対照することでその間の類似点・相違点を明らかにすることは、台湾原住民諸語の類型的な位置づけや、フィリピン型ヴォイス体系および能格性のような文法特性の本質など、今日の類型論的言語研究における諸問題の解明に大きな貢献を果たすと考え、特にルカイ語の分析に重点をおいた研究を行った。その結果、前年度までの現地調査で得られたルカイ語の口述資料には顕著な対格型の性質が観察されるものの、小川尚義・浅井恵倫(1935)『原語による台湾高砂族伝説集』(刀江書院)などをはじめとする文献資料においては、被動者名詞句優位性などの能格型言語に特徴的な性質も散見された。このような違いが口語と文語の違いによるものなのか、あるいは通時的な変化によるものなのかを見極めることが、フィリピン型ヴォイス体系や能格性などの本質および発展過程を解明する上で重要であると考えられ、この点から研究再開に向けての調査項目を作成した。例えば、研究再開後の現地調査では)上述の伝説などをインフォーマントに口述で語ってもらい、文語によるテクストとの間に形態・統語などの構造的な違いが見られるかなどを観察する予定である。また、他の原住民諸語にも、口語と文語などで文法構造の違いがあるか否かについても調査する予定である。
|