研究概要 |
本研究は実時間言語連用に見られる傾向・規則性を一次資料として既存の統語理論を批判的に検討し,言語運用における共通特性と個体差を峻別すると共に説明原理としてのみならず動作原理として有効な統語理論の構築に寄与し,十分な心理学的基盤を備えた言語理解モデルを提案することを意図したものである.本研究では言語運用上の個体差を体系的に捉える道具立てとして作動記憶の機能に注目し,言語作動記憶の個体差を評価する尺度として日本語リーディングスパンテストを用いている.本年度は再解析を含む日本語文を材料とした文理解ならびに談話理解上の信念構築・改訂機序を対象とした実験を大小5つ行った.その結果,リーディングスパンテストにおける高得点者は低得点者に比して,特に負荷の高い再解析文で正確な文・談話理解を達成する反面,低得点者よりも長い処理時間を要することを明らかにした.このことは,高得点者についてしばしば強調される「処理の効率性」が必ずしも高速性を意味しないことを示すものである.また,低得点者が高コスト再解析文について,いわば正答率を犠牲にして高速な読みを行ったことには,原理上無数の(日本語)文ついての処理コストを総体として低く押さえる効果があると考えられ,高作動記憶機能が有利な認知課題遂行をもたらすなら,何故作動記憶機能に制限があるのかという(系統発生的)問題に示唆を与える可能性があると考えている.また,談話理解における信念構築・改訂においても作動記憶機能の個体差が反映されており,現在,解析・考察を加えている.本年度の研究成果については,日本認知科学会第19回大会,日本心理学会第66回大会において口頭発表し,また,2本の英文論文が現在審査中である.
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