研究概要 |
本研究は日本語文理解の過程を実験心理学的に考察することを通して,実時間文処理における統語的制約の有効性を検証し,同時に言語作動記憶(の個体差)の文処理への関わりを明らかにすることを意図したものである. まず文処理における格標識と主題関係制約の関わりを実験的・理論的に検討した.名詞・動詞間の語彙的曖昧性を伴う語句を含んだ文を被験者ペースで視覚刺激し,理解を問う実験により,格標識が文内の主題関係構築に即時的に利用されていること,また,述語-項間に適切な依存関係を要求する主題関係制約が文処理に作用していることを確かめた.また,文の記述内容の語用論的自然さが曖昧語句の解釈と相関を持っていることが明らかとなったが,この語用論的影響を差し引いても格標識と主題関係制約の効果は有意であった.この結果に基づき英語についての既存の文処理モデルを類型論的立場から批判的に検討し,日本語処理についても有効な文処理モデルを提案した.様々な種類の再解析を含む日本語文について再解析負荷を評価する実験を行い,本研究の文処理モデルの経験的妥当性を主張した. さらに日本語リーディングスパンテストにより言語作動記憶の個体差を評価し,文理解の速度・精度との相関を考察した.その結果,リーディングスパンテスト高得点者は低得点者に比して,負荷の高い再解析文をより正確に理解する一方,より長い読文時間を要することが明らかになった.認知心理学一般においては,処理時間と処理精度との間にトレードオフを想定することが多いが,本研究は,このトレードオフは偶然に支配されるものではなく,言語作動記憶個体差に応じて時間・精度の優先順序が変化することを示唆している.
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