研究課題
黒人霊歌を収集した人々は北部の知的指導者と教育者であった。奴隷解放論者でもあった彼らが目指したのは、黒人についての悪いイメージの改善である。それは白人に対する働きかけであると同時に、解放後のアメリカ社会で自立していく黒人が自らに誇りを持つための働きかけでもあった。音楽を通してアフリカ系アメリカ人の能力や美的感覚を評価する動向は、以後現代までずっと続く。その動きを担ったのは最初は白人たちであったが、20世紀に入るとすぐ黒人指導者に替わっていく。黒人霊歌の社会的評価は合衆国の人種政策や黒人の地位に対する人々の意識に密接にかかわっている。作者は個人ではなく、特定できる集団でさえない。正典となるテクストも存在しない。音楽は時代に合わせて編曲されるし、歌詞も変化する。十九世紀の記録は印刷物だけで録音は残っていない。テクストの端々には、未知の音楽に対する編者の感嘆と当惑が交錯する。一方、それらの労作がまずは黒人霊歌を耳にした人の感動に基づいて作成されていることは間違いない。本研究では、黒人霊歌収集の第一次テクストを扱い、収拾者と収集地、協力した人などを解説しながら歌詞を分析する。黒人霊歌と日系アメリカ人の讃仏歌には宗教や人種の共通性はないが、どちらもアメリカ社会の周縁で搾取された人々の声である。言語と文化背景が全く異なるにもかかわらず、両者は二つの本質的な点で明らかに類似している。一つは、死後の世界に大いなる希望を実感することであり、もう一つは歌っているうちに現実を超越してしまい救済後の世界を垣間見、歓喜を表現するということだ。これらは、生死の境界で辛苦に耐えた人々の歌の特徴だと思われる。もうひとつ特筆すべきは、超越の歓喜をうたう歌は大部分整然とした形をとらないが、後の人々によって形を整えて保存されてしまうということだ。しかしその操作によって、歌は大衆化され長く愛されることになる。
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Issei Buddhism in America (Ed.Williams, Moriya) (U of Illinois P) (発表予定)(仮題)
日系文化の現在(人文書院) (発表予定)(仮題)
立命館法学別冊:山本岩夫教授退職記念号 ことばとそのひろがり(3)
ページ: 49-75
立命館言語文化研究 17・1(発表予定)