プーフェンドルフの自然法論をヨーロッパの精神史のなかに位置づけるために資する可能性のある文献を収集・検討した。また、今年度も一月あまりミュンヘン大学のLeopld-Wenger-Institutに滞在して、それらの文献の調査を実施した。 本研究は、自然法の学問としての自立化と、その枠内でローマ法の訴権のシステムから独立した私法の一般理論の誕生の秘密を解明するという二つの柱からなる。今年度も、前者の問題を検討し、後者の問題に関する文献を収集することにつとめた。今年度の研究によって、どうやら、プーフェンドルフが、義務の体系の創設者として、権利の体系を創設したカントに匹敵する独創的思想家であることが判明した。プーフェンドルフの自然法論の特徴をなすofficiumという概念が、ストア派の創始者のゼノンの造語であること、それがキケロによってラテン語にofficiumという言葉で翻訳されたこと、この概念は、行為概念であって、「ふさわしい行為」「義務適合的行為」が判明した。プーフェンドルフもキケロから、行為概念としての意味を継承していること、この概念を使用するためには、理性的な行為の基準があらかじめ設定されていて、この行為基準を自発的に遂行するところに行為の価値を認める思考様式の特徴も判明した。プーフェンドルフがofficiumを「obligatioに適合的行為」と定義したことは、キケロ的な倫理学の自然法論への応用間題であった。 またプーフェンドルフがofficium概念を導入した理論的理由も、対ホッブズ問題であることがわかった。プーフェンドルフは、ホッブズ理論の最大の難点が契約の拘束力を基礎づけることができないこと、その結果、絶対権力国家論になったこと、にみている。前者の問題の究極の理由は、自由の問題を行為自由論として考えていることにある。プーフェンドルフは、デカルト的自由意思論に立ち戻って、自由を義務の問題と捉えて自然法を構築する。人間は正しい行為の基準を認識することができるが、同時にそれから逸脱する行為をすることもできる。意思が正しい行為を選択すれば、そこに行為の倫理的価値がある。デカルト的意思自由論に立ち戻り、自由を義務論的に考えることで、市民的自由を拡大しようとする歴史的コンテクストがたしかに当時存在していた。
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