近世日本においては、「民事的な訴え」「刑事的な訴え」のほかに、「行政的な訴え」とも呼べる訴えの類型があった。それは行政庁に対する各種の嘆願・請願であり、歴史学で一般に「訴願」と呼ばれているものであった。近世日本においては、庶民によるこの種の訴えが奉行所に対して頻繁に行われた。それだけ「行政的な訴え」は人々の生活に密接な関わりを有していたのである。従来、未解明であった近世日本における「行政的な訴え」の類型と法的手続の特徴を明らかにすることが、本研究の目的であった。本研究では、「行政的な訴え」の最も主要な類型として二つの類型を抽出し、そのうち、第三者の不当な活動に対し、行政庁に何らかの措置を求める告発型「訴え」に焦点をあてて、その処理手続を明らかにした。差し当たり解明し得た手続を順を追って記すと、次のようになる。(1)訴状提出、(2)訴状糺、(3)奉行の冒頭尋問、(4)審理、(5)証拠の提出、(7)被非難者の召喚、(7)答弁書の提出、(8)答弁書に対する意見書の上申、(9)内済(示談、?)、(10)裁定、(11)裁定請証文の提出。これらの手続から、「行政的な訴え」の特徴として、一面では、当事者主義的な出入筋の手続に類似している側面があると同時に、他面では、糺問主義的な吟味筋の手続に類似している側面があったこと、そして「行政的な訴え」の処理にはこの両側面が求められていたことが明らかになった。「行政的な訴え」の「目本型」処理手続ということができよう。「行政的訴え」の処理手続が「民事的訴え」と「刑事的訴え」の処理手続の中間的形態であったこと、近世の「訴訟」手続とは、これら総体から成り立っていたことを明らかにすることが出来た。
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