平成16年度は、アイヌ民族の先住民としての権利が憲法上の権利として認められるための前提条件として、人権の主体性に関する従来の学説・判例の再評価、および、集団的権利が憲法上認められうるかどうかに関する従来の学説・判例の再評価を行った。前者の問題は、先住民を、人権の享有主体として憲法上想定することができるかどうか、できるとすればその根拠は何か、先住民の人権と他の私人の人権との関係はどのように考えられるかといった問題と、また、後者の問題は、そもそも憲法上集団的人権が保障されうるかどうかといった原理的問題と、それぞれ関係する。この問題を検討する際、労働組合や宗教団体といった憲法上認められている団体の人権享有主体性に関する議論を、特に、結社の自由との関係で再構成し、さらに、入会権といった私法上の集団的権利に関する問題を憲法上どのように考えるかといった問題とも絡めて分析すると、集団的権利を憲法上承認する可能性が発見された。 さらに、平成16年度は、先住民の権利を保護するための裁判所の機能と民主社会における裁判所の適切な役割について研究した。裁判所と国会を中心とする政治部門が、「対話」によって重要問題を協力しながら解決する基本姿勢が構築されれば、裁判所の役割と民主主義の要請を調整することが可能であることが明らかとなった。 最後に、基本的人権の内容のみならず、基本的人権を行使するための条件をも人権論の視野に含めると、これまで制度的に差別され、不利益を受けてきた先住民たるアイヌ民族がその尊厳性を維持し、他者から承認されるために、アイヌ民族に対し、個人的先住権のみならず、集団的先住権をも承認することは、憲法の個人の尊重原理とも必ずしも抵触するものではないことが、明らかとなった。
|