本研究は、近年の国際裁判所の増設(国際海洋法裁判所、国際刑事裁判所その他)、すなわち国際裁判制度の多元化が国際法の統一的発展にどのような影響を与えるか、また、これにどのように対処すべきかを検討した。 この問題に関する国際法学説は鋭く対立する状況をみせている。一つの立場は、こうした裁判制度の多元化は個々の裁判所による独自の国際法解釈を許すことになり必然的に国際法の分断化(fragmentation)を引き起こすとする(悲観論)。他の一つの立場は、この見方に反論し、これまでの国際判例をみても、裁判所は関係する他の判例を相互に十分に検討したうえで判決を下すので判例の対立や抵触は実際には生ずることはなく、また、たとえ対立する判断がみられても、結局は最も説得力のあるものが支配することになるので、分断化の問題は生じないとする(楽観論)。そこで、次に具体的裁判例を検討した。まず、みなみまぐろ事件における国際海洋法裁判所と国際仲裁裁判所の管轄権判断を対比し、次に国家責任に関連するニカラグア事件の国際司法裁判所の判決とタジッチ事件の旧ユーゴ国際刑事裁判所の判断を対比・検討した結果、判例の対立が実際に起りうる可能性があることが明らかになった。最後に、もし将来、判例体系の多様化によって国際法の不統的発展が生ずる恐れがあるとすれば、これを防止するための制度的対処策はいかにあるべきかを検討した。これまで提唱されている方策は、一つは国際司法裁判所を上訴審化することであり、他の一つは同裁判所にレファレンス機能をもたせることである。それぞれ一長一短があるが、いずれも現時点では現実味に欠けるものの、とくに前者は将来的可能性があることが明らかとなった。
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