研究概要 |
wrongful birth訴訟を胎児条項との関係でみると,胎児条項がある英米では,医師の説明義務違反が財産的損害賠償につながるのに対して,胎児条項がないわが国では,慰謝料の問題として扱われている。英米では,wrongful birth訴訟における損害は,障害児の誕生であり,それに伴う金銭的損害と精神的損害であるとした。そして,損害の範囲を,障害によって必要とされる医療費等の特別損害と,養育費,精神的苦痛といった一般的損害とに二分し,特別損害については損害額の算定が可能であるとして,この問題の解決を図った。一方わが国では,先天性障害児を中絶することとそれを育て上げることとの間において財産上または精神的苦痛の比較をして損害を論じることは,およそ法の世界を超えたものである,また,児が障害をもって出生したことと,出生前に人工妊娠中絶されて出生しなかったこととの比較をして,損害の有無を判断することは司法裁判所のなしうることではない,さらに少なくとも中絶されて出生しなかった方が,障害をもって出生したことよりも損害が少ないという考え方を採用することはできないといった理由付けにより,損害範囲の確定および損害額の算定は困難であると裁判所が結論づけている。このことを考えると,わが国のwrongful birth訴訟は,たとえ胎児条項を導入したとしても,損害範囲の確定や損害額の算定について,根本的な議論から始めなければならず,慰謝料以上の賠償が認容されるようになるまでには,まだまだ時間がかかると考えられる。このように現在では,損害賠償請求において胎児条項が重要な役割を果たしている。 そもそもイギリスでの胎児条項はサリドマイド事件を契機として規定されるようになった。障害児の出生を抑制することにより,その障害児の養育支援に関する社会保障政策はどのように変化したのであろうか。今後,日本における胎児条項導入の是非を判断するにあたり,イギリスの社会保障政策の変化を概観することは大いに参考となる。
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