研究概要 |
イギリスの胎児条項はサリドマイド事件を契機として規定されるようになったといわれている。それは障害をもつ子が生まれてきてその障害に苦しむよりは生まれてこない方がその子にとって幸福であるという考えに基づいている。それでは障害児の出生を抑制することにより,その障害児の養育支援に関する社会保障政策はどのように変化したのであろうか。イギリスの胎児条項規定を詳細に検討することにより,それが日本の社会に受け入れられる可能性について社会保障を考慮に入れ考察した。 胎児条項を規定しているイギリスの立法をみると,その解釈は曖昧なまま残されているといわざるを得ない。どのような疾患が重大なハンディキャップにあたるかを列挙するという方法もあるが,疾患の列挙はそのような疾患をもって生まれたひとを差別することにつながる。胎児条項は重大なハンディキャップを負う可能性のある胎児を中絶しなければならないと規定するものではなく,中絶しても罪に問わないという規定である。したがって「重大なハンディキャップ」や「実質的危険」という言葉が意味する内容は,解釈により変化しうるものである。規定の内容が曖昧であるということは,医師の裁量に障害胎児の生命が委ねられていることになる。また,重大なハンディキャップとなるか否かは,親の経済力や障害児をケアする時間的余裕によっても左右される。重度の障害でも経済的に余裕があり,親が障害児の世話に専念できるのであれば,子の障害は重大なハンディキャップにはならないであろう。 このように条文の解釈に幅をもたせたということは,個々の家庭の事情をも考慮にいれて,胎児の障害が「重大なハンディキャップを負う実質的危険」に該当するか否かを判断すべきであるという意味が込められていると考えられる。日本の場合,wrongful birth訴訟のなかで,母体保護法14条1項の中絶要件に障害胎児を含むのか否かが問題とされているので,今後胎児条項を規定する方向で立法が動く可能性がある。仮に胎児条項を規定するとしても,イギリスのように解釈に自由度を残す形での規定が望まれる。 これまでの研究で医療制度,社会福祉制度が異なるイギリス日本との比較は単に法律上の条文を比較するだけではなく,医療制度および社会保障制度をも含めて比較検討しなければ問題の本質には到達できないことが示唆された。
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