遺伝子情報と生命保険契約に関しては、世界各国の法状況を調査した結果、原則的に、保険会社が遺伝子情報を保険引受に際して要件としたり、既知の遺伝子情報の開示を求めることは否定的に解されている。制定法をもって禁じている例も多いが、国によっては既知の遺伝子結果の利用を将来の検討に委ねている例もある。いずれにせよ、法理論的には、遺伝子情報を生命保険契約の締結に際して保険者は利用できるか、つまり、遺伝子検査を要求できるか、また、保険契約者に既知の自己の遺伝子情報を告知することを要するかが最重要となる。その際に決め手となるのは、遺伝子情報の有する当該個々人への影響である。遺伝子情報は、個々人の生命設計図としてプライヴァシーに関わる。従来、プライヴァシーの保護としては、自己の情報を他人に利用されないことに力点が置かれたが、遺伝子情報においては、自身がこれを知らないでいる権利を人格権(一身専属権)として保護されることが重要となる。これが、情報上の自己決定権であって、個人の尊厳として憲法上保障されるべきものである。これは、幸福追求権としての憲法13条、私法上も民法1条の2にその根拠を求めることができる。さらに、保険制度の目的、差別化の面も考慮に入れると、保険契約締結に際して、遺伝子検査を要求することは認められないといえる。他方、保険契約者側の逆選択の問題については、当面は、特別事由に基づく特別解約権の活用に委ねるのが妥当と考えられる。
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