研究概要 |
人格の商品化と民事責任というテーマは、様々な角度からのアプローチが可能である。本年度は、まず、人格権侵害による損害の把握という問題から取り掛かった。以前、ドイツで侵害抑止的金銭賠償という考え方を示したBGH第6民事法廷判決(カロリーネ・フォン・モナコ事件)とそれを巡る学説の議論を整理し、我が国との比較を行ったことがあるが(法政理論33巻2号所収)、その後、BGH第1民事法廷が下したマルレーネ・ディトリッヒ事件判決は、第6民事法廷判決とは異なった方向(侵害者利得の剥尋)の可能性を承認し議論をひき起こしているので、前稿の補充を兼ねて、論文「人格権侵害と財産的損害」を執筆した(法政理論35巻1号所収)。そこでは、人格権がいわば無体財産的な保護を承認されているのに対して、学説においては、精神的損害と財産的損害を分離して、後者を財産法的問題としての処理を図るという方向が力を得つつあることを示した。我が国においてもマスメディアによる他者の人格を利潤目的で利用しているとみられる為によって人格権が侵害されているという共通の問題がある。勿論、ドイツにおけると同様、民主主義社会での表現の自由との調整という課題も同時に存在している。ここで我々に必要なのは、財産法的問題と人格権法的問題の区別と関連の明確化である。このことは、我が国の名誉侵害裁判例の中で顕著になりつつある慰謝料高額化の方向の理論的整理と修正のために不可欠である。そこで当面の次の予定は、一つには実際的問題としての我が国での現在の名誉侵害慰謝料の議論の不明確さを人格権と営業秩序の関係から整理すること、もう一つは基礎的概念の問題としてく民事責任の領域での「商品化」概念の意義の検討である。後者は,時間がかかりそうであるが、やがては人格権の射程と遺伝子情報や人体部分の利用との関係といった問題にまで及ぶ問題ではないかと推測している。
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