科研費交付の最終年となった平成16年度は、人格侵害に基づく非財産的損害の賠償可能性に焦点をあて、「wrongful life訴訟とドイツ損害賠償法」というテーマで研究会における報告をし、それを原稿として論文をまとめた。これは、主として出生前診断或いは妊娠前診断において誤診が存在することによって障害児が出生した場合に、その子が原告となって医療機関を訴えるという、日本ではまだ見られない訴訟類型であるが、アメリカにおける肯定裁判例の登場ののち、フランス、オランダで肯定裁判例があらわれ、イギリス法系の国では否定判決が支配的というように、いわゆる先進資本主義国では肯定否定の議論が広く行われている。ドイツにおいても裁判所は否定しているが、学説での議論は止まることなく行われている。現在における非財産的損害の賠償の限界に位置するこの問題を採り上げて、肯定説が根強く主張されていることの意味を検討した。ここでは財産の法としての性格を強くもってきた民法に対して人の保護がどこまで可能であるかが問われるものであり、そこに、財産保護にとどまらない保護要求の進展と民法の伝統的概念との軋轢が見られる。 上記研究と平行して、遺伝子組み換え作物と民法上の損害賠償(広義)の関係についてEUとドイツにおける現状を調べ、とくにドイツ法につきわが国の現状との比較を行った。この問題は、環境汚染、農業経営、消費者保護といった広い問題に関わるが、民法の損害賠償制度がいわば世界的規模での対立の坩堝のなかで極めて大きな政治的役割を持つことになった背景と意味を検討した。これも、課題テーマである人格と損害賠償法制度の変遷と(間接的とはいえ)関連をもつものである。
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