研究概要 |
本年度は,今後の日本社会に求められる,安全(防災等),健康(衛生,日照等),交流(交通等)といった生活環境から得られる生活利益の確保という観点から,土地所有のあり方を探究することで,土地の利用と管理が前提とする公序の内容を具体的に探る,という本研究の目的を達成するための一環として,土地所有権に関して次の二つの研究を行った。 (1)まず最初に,たとえば違法建築物を所有する土地所有者(または借地権者)に対して,自治体が給水制限という処分を行ったため,この土地所有者等が当該処分の違法と給水請求をしたなど,自治体の給水拒否の有無が裁判で争われたケースがすでに多数存在する。これは,土地利用のあり方と,それから,土地所有者等による生活利益の確保とが衝突したケースである。そこで,こうしたケースを対象に,共同社会における土地所有者等の利益調整という視点から,裁判実務が具体的によって立つ価値判断を探るという考察を行った。この考察は未だ公表できるまでの成果が達成できておらず,したがって,来年度にも引き続いて行う必要性がある。 (2)次に,ゲルマン法に見られる団体思想,共同体思想が最も表れるケースの一つに,遺産に対する相続人の共同支配がある。そこで,遺産相続における共有関係が争われた近時の最高裁判決(最判平15・7・11民集57巻7号787頁)について分析を行った。事案は,共有者の一人がした,共有持分権の譲渡が無効であり,したがって,持分の移転登記も無効である場合に,他の共有者の一部が当該登記の全部抹消を請求したというものである。最高裁は,抹消請求の可能性を認めながら,しかし,従前の判決とは異なり,その根拠づけについては保存行為の概念に言及していないため,これをどう捉えるべきか,とりわけ共同相続人の団体性と共有財産である遺産という性質が,問題解決にどう影響するものかという視点からの考察を重視した。その結果,本研究者は,上記判決の結論に賛成しながらも,しかし,保存行為概念による根拠づけには限界があること,また,本件事案の特殊性に着目したならば,そこでの団体性と共有財産性を重要視すべきではないこと,などの知見を得るに至った。なお,この研究成果を判例評論545号19頁以下に発表した。
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