医師が適正に診断・治療を実施するためには、患者が秘密にしたい事項についても、医師はその内容を知る必要がある。診療過程で医療従事者が知りえた情報がみだりに第三者に漏らされるなら、患者の受ける精神的・財産的損害は甚大なものになり、臨床にも悪影響が生じる。そこで、医師・医療関係者は、守秘義務を医療倫理上・法律上負っている。しかし現状は、診療情報の保護に十分ではない。近時、診療情報の電子化が急激に進み、遺伝子医療の出現によって患者ばかりでなく患者の血縁者も影響を受けることを考えれば、診療情報が適切に管理される必要は大きく、診療情報保護制度の整備は急務である。その際には、診療情報の重要度に応じて対応に差を設け、遺伝情報・重度の疾病の情報、患者が秘密とされることを望むと思われる情報(性感染症、薬物依存症等)に対して、より高度な配慮が必要である。「遺伝子例外主義」については異論もありうるが、この異論も、診療情報一般の保護それ自体を強化すべきという点に力点があり、問題意識に大きな差はない。遺伝情報保護のありようはなお手探りの段階にあるが、議論を先に進める必要はある。 診療情報の収集、集積、利用、移転等の規制は、その重大性に鑑み、法規制が最適であり、個人と結びついた診療情報と、具体的個人を離れた「ヒト」に由来する医療データとを分ける方法が、プライバシー権の趣旨に鑑みて、参考になる(Gostin)。検討課題は少なくないが、この方向で議論を進めることが有望であろう。なお、患者情報から派生する問題として、医療事故情報を患者にどの程度その内容を知らせるべきかも重要な論点になりうる。この問題については英米法の議論を紹介する成果を得た。以上の研究成果を踏まえ、医療情報の保護のあり方に関する制度設計についてより具体的な提案に結びつけることが今後の課題として残された。
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