本研究は、ヨーロッパにおける下位地域協力、とりわけユーロリージョンと呼ばれる越境協力が、安全保障という側面においてどのような機能を担っているかを明らかにすることを目的として行われた。従来の下位地域協力に関する研究が比較的地域協力が成功している地域のみを研究対象としてきたのに対して、本研究では下位地域協力の際にもっとも問題となっている移民・難民問題と下位地域協力が成功しなかった地域、バルカンを対象として地域協力を阻害する要因について考察した。 移民・難民という人の移動では、長距離の移動に対しての規制の強化と同時進行するかたちで短距離の移動に関しては規制の解除が進められており、下位地域協力が機能していることがわかった。これに対して、バルカンでは、ユーゴスラヴィア紛争後、南東欧安定条約会議という形で大掛かりな復興支援が行われている。この復興支援のイニシアチブをとっているEUは、かつての東中欧に対する支援であるPHAREやINTERREGの経験を踏まえて、「地域」を重視するプロジェクトを推進していった。なかでも越境協力は、信頼醸成措置の一環としてその安全保障機能が注目されて、旧ユーゴスラヴィアの国境地域にも多くの越境協力が設置された。しかしバルカンにおいては、下位地域協力は期待した成果を挙げることができていない。その要因として挙げられるのは、ボスニアやコソヴォの統治機構が実質的な二重権力状態にあること、そのために地域協力を担うためのアクターが形成されないことである。このために、地域協力の場が設定されてもアクターが不在のために地域のイニシアチブを発揮する機会となりえず、したがって十分な成果も挙げられないという結論に至った。安全保障という観点からすれば、下位地域協力は国家統治が十分に機能しているということが前提となっており、そのうえでの信頼醸成という機能を発揮することができるといえる。
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