研究1年目の今年の作業の中心は、(1)「フランス滞在日記」の2種の異なる印刷草稿(ブリティッシュ・ライブラリー所蔵とセント・アンドリューズ大学図書館所蔵)をデータ・ベース化することであり、(2)ブルティッシュ・ライブラリー所蔵草稿(J.S.ミルのJ.ミル書簡宛)と関西学院大学図書館所蔵オリジナル草稿との突き合わせを行うことであり、(3)関西学院大学図書館所蔵のオリジナル草稿中これまでまったく不明であった1820年8月3日から8月9日までの一週間分の日記を公表するための原稿を作成することであった。 (1)については、日本学術振興会特別研究員(1991年1月-2001年3月)経験のある関西学院大学本郷亮氏の協力を得て完了した。現在、その2種類の印刷草稿を比較検討する作業を行っている。(2)については、8月23日から9月5日の間にブリティシュ・ライブラリーで行った。その結果、ア)ブリティッシュ・ライブラリー所蔵草稿と公表資料(『J.S.ミル著作集』第26巻所収)との間に、異同があり、公表に際してブリティッシュ・ライブラリー所蔵草稿を誤読した可能性があることが判明した。とりわけ、この突き合わせ作業中、大きな疑問点に出会った。それは、ミルが英語で書いた日記とフランス語でミルが書いたとされる日記との間に、筆跡の相違が認められるのではないかという疑問である。英語の日記の筆跡は、ミルの同時代の自筆書簡の筆跡と同じであるが、フランス語の日記の筆跡は、文字の大きさなども含めて、ミル自身のものでない可能性が認められた。この筆跡同定のためには専門家の本格的な検討が必要であり、この研究の困難さが新たに生じた。と同時に、この問題が解決されれば、この研究は当初以上にきわめて有意義なものとなろう。従って、当初今年度の研究計画の中で、ミルのフランス語とG.ベンサムの添削内容との比較については、次年度以降になろう。(3)については、現時点で「J.S.ミルのフランス滞在:空白の一週間-再発見された日記草稿を中心に-」(仮題)としてその草稿はほぼ書き終わった。この論文は、関西学院大学経済学部刊行の『経済学論究』第57巻3号に発表の予定である。同時に、その論文を英語で公表する必要性に鑑み、その英語版を作成し、外国雑誌に投稿する予定である。
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