研究概要 |
ドイツは2000年8月からIT技術者の積極的な受け入れを開始した。3ヶ月以内のスポット需要にも即応し得るように入国手続きを迅速化した。そして同時に、永続的滞在への可能性を示唆した。彼らにたいして交付する労働許可証をグリーンカードと呼んだのは、まさにドイツ的伝統からの飛躍、永住移民的色彩の摂取という大胆な政策転換の偽らざる表出である。 本研究では、こうした移民政策の転換の背景を情報化の進展に伴い激変するドイツのIT労働市場に探った。 ドイツはこれまで工業労働を巧みに組織化した。労働のなかに職業の分断線を引き、そして労働と生活の間に労働時間短縮の運動をつうじて明確な境界線を引いた。テイラー主義はドイツの労働世界を律する編成原理であるといってよい。ところが情報化はこの編成原理そのものを根底から揺さぶっているのである。情報化のなかの労働は「自己それ自身を対象とする」。「自己管理」と「経済計算」にもとづく「脱境界」の働き方が新しい賃労働のあり方として浮上している。IT部門に発する労働協約の空洞化が懸念されている。情報化を支えるべき労働組織は流動化し、不安定になっている。 また職業教育をつうじた「職業化」がドイツの労働市場の秩序であるとすれば、IT労働市場は「脱職業化」の渦中にある。ドイツが誇る職業別労働市場はIT部門には形成されていない。これもドイツ社会の不安を刺激している。IT技術者は今後10年間で50万人も不足すると予測されている。年間にすると、5万人である。ソフトウェアの開発技術者についてみれば、さらに深刻である。5年以内に予測される不足数は、現員(177,000人)の2倍強にも達する。 ドイツにおける移民政策の一大転換はかくして始まった。
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