本研究は、戦前期日本において所得分布が長期的に不平等化した原因を、関連する文献調査とミクロデータ(個人データ)を使用した統計解析を通じて、高額所得者の経済行動等の視点にもとづき総合的に解明することを目的とする。この目的にしたがって、本報告書は2つの章によって構成されている。 まず第1章では、『日本紳士録』より1910、17、24、30、36年の5時点における東京府内上位5000人の高額所得者を抽出して、その職業別、地域別分布の変化を検討するとともに、『銀行会社要録』より同時点に実在していた資産保全会社197社の関連データを抽出して、その設立動向を検討した。さらにこの2種類のデータを組み合わせて、短期的な景気変動局面および1910-36年に及ぶ長期間における高額所得者の階層移動メカニズムを、想定される要因にもとづき計量的に分析した。 第1章の分析は、戦前期を通じた長期分析であるため、十分な個人情報を入手できないまま、高額所得者の基本的な動向を把握したにすぎない。そこで第2章では、1936年に限定した上で、資産保全会社を取り巻く事業集団の状況や資産保全会社が高額所得者の所得水準に影響を与えるメカニズムなどを、高額所得者の所得水準をとりまく広範な情報を入手して検討した。そのためにまず資産保全集団を財閥と保全集団に分類した上で、資産保全会社の保有機能やそれを取り巻く同族団員について改めて定義した。この定義にもとづき、『銀行会社要録』より全国に分布する払込資本金50万円以上の資産保全会社200社を抽出して、その設立動向、中核的事業の概要、代表者の個人属性等について検討した。その結果を踏まえつつ、各同族団員における資産保全会社への出資比率および同人の所得水準がいかなる要因によって決定されるのかを計量的に分析した。
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