レーザーによる量子制御の手法を用いてスピン偏極を誘起することが我々の目的であるが、今年度は昨年度の理論結果に基づき、具体的にアルカリ土類金属原子Srについて実験を行った。Sr原子は真空チェンバー内に置かれたSrディスクをレーザーアブレーションすることによって生成させ、数10μsの時間遅延の後、右回り円偏光の689nmのポンプレーザーで3重項状態である5s5p ^3p_1を、共鳴励起する。双極子遷移の選択則によって5s5p ^3p_1(M_J=+1)の磁気副準位のみ励起される。さらに直線偏光した308nmのイオン化レーザーで光イオン化させる。このように、我々の提案するスキームの利点としては、光ポンピングを用いず、かつ、中性原子からナノ秒のパルスレーザーによる多光子イオン化によってスピン偏極イオンを『直接』生成させるため、複雑な実験装置が不要であることである。さて、こうして生成したSr^+ 5sイオンはスピン偏極しているはずであるが、その偏極度を調べるため、5sからさらに5p準位へプローブレーザーによって励起し、5p準位からのレーザー誘起蛍光を観測する。Sr^+ 5sイオンがスピン偏極していれば、プローブレーザーの偏光特性(右回りまたは左回り円偏光)によって蛍光強度が異なるはずであり、その蛍光強度比から偏極度が求まる。測定の結果、偏極度は64±9%と求まった。さらに、衝突によるスピン緩和の影響を調べるため、アブレーションレーザーからの時間遅延を30-70μsの範囲で変えて測定したが、時間遅延が大きくなるにつれて光イオン化領域の原子数が減少するので傾向強度そのものの減少は見られたものの、スピン偏極度自身に変化は見られなかった。これは、我々の実験条件ではスピン緩和が起こっていないことを示唆する。
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