研究概要 |
化学式がABO_3で表されるペロブスカイト型誘電体の相転移の多くは,従来,フォノンモードのソフト化と凍結という描像で説明されてきた.このようなフォノンが主役である相転移に対しては,フォノンの分散関係を格子力学により現象論的に説明することが重要であった.このとき,構成元素間の力の定数を仮定して議論を進めるのだが,力の定数が各元素間の結合状態と密接に関係していることは容易に想像できた.従って,元素間の結合状態を精密に観測できる手法が確立されれば,電子論的にペロブスカイト型誘電体の相転移を議論する実験的研究分野が創生されると考えてきた. 本研究では,ペロブスカイト型誘電体の相転移の本質あるいは物性発現の機構を構成元素間の結合状態の変化という電子論に基づく観点から議論できるような実験的証拠を見出すことを目的に放射光SPring-8を使った電子密度レベルでの精密X線構造解析を開始した.その結果,ペロブスカイト型誘電体が反強誘電体に相転移する結晶構造上の特徴は,例外なく酸素原子の電子密度分布の異方性がB-O間の共有結合に対して垂直な方向に大きいことと,強誘電体と比較して低いB-O間の電子密度(結合電子密度)にあることがわかった.これらの成果のうち,Jpn.J.Appl.Phys.に投稿した論文において,2004年に発表された強誘電性に関係した優れた研究に対して贈られる「池田賞」の論文賞を受賞することができた. 以上のように,本研究は当初考えていた以上の成果を挙げることができた.今までは,結晶構造から物性や相転移を予想することは不可能と思われてきたが,現時点では,実験で得た結晶構造から物性や相転移を予測するという「構造物性」の極みに至る道程は,そう遠くはないといった印象がもたれる.
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