High-Tc酸化物を含む強相関電子系は、反強磁性と超伝導との関連がその超伝導発現メカニズムに重要な役割を示すことが数多くの実験事実、理論的研究により明らかになってきた。また有機超伝導体κ-(BEDT-TTF)_2Xの^<13>C-NMRによる研究でκ-(BEDT-TTF)_2X系も酸化物や重い電子系と同様、反強磁性と超伝導が密接にかかわる強相関電子系であることが示唆されている。さて強相関電子系の共通する特徴として、Tc以上での金属状態が通常のフェルミ液体ではないことが挙げられる。また、超伝導相の近傍に磁性絶縁相が存在する特徴もある。超伝導絶縁体近傍で、状態密度が発散して絶縁体化するのかどうかという点および低温の金属状態がどのような性質なのかは強相関電子系では重要な問題である。この超伝導絶縁体近傍の物性にアプローチする方法としては、そこに位置している適切なモデル物質が必要である。超伝導絶縁体近傍に位置するモデル物質してκ-(BEDT-TTF)_2Cu[N(CN)_2]Brが存在する。BEDT-TTF分子のプロトンを部分的に重水素化することにより、パッキングを密にして等価的に圧力をかけることができる。また酸化物超伝導体とは違いκ-(BEDT-TTF)_2Cu[N(CN)_2]Brは、比較的上部臨界磁場Hc2が小さく磁場で超伝導を壊し、低温状態で金属状態を容易に調べることができる。この超伝導絶縁体近傍の電子状態の状態密度、磁気構造、スピンダイナミクスを部分重水素体のNMRにおいてシステマティックに調べることにより超伝導絶縁体近傍についての電子状態の詳細な知見を得ることを目的とし実験を行った。その結果、超伝導・絶縁体相境界に近づけた場合、超伝導を壊した金属相の状態は、あまり変化しないことが明らかになった。また20K以下で金属・反強磁性絶縁相の相分離が観測され、相境界に近づくにつれて反強磁性絶縁相の割合が増大することがわかった。また、全重水素置換体において伝導面内に平行に磁場をかけた場合、T*において常磁性絶縁体相・金属相の相分離現象が発見された。この相分離現象は、常磁性絶縁体相・金属相間が1次の相転移であることを示唆することと、相転移ラインが、磁場の方向に強く依存することを示唆しており、このκ-(BEDT-TTF)_2Xの電子状態の解明に重要な知見をあたえるものと期待している。
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