本研究の目的である、陽電子と内殻電子の消滅断面積の測定は、内殻電子の束縛エネルギーよりも低いエネルギーの陽電子を試料に入射して、内殻電子との消滅によって内殻に空孔を生成し、励起される特性X線を検出することによって行うことを計画している。 陽電子を試料に入射すると、対消滅によるγ線が発生する。このγ線がX線検出器に入射ずると、検出器内の結晶にエネルギーの一部を与え、バックグラウンドを生成し、特性X線の検出が難しくなる。今年度は、このバックグラウンドを減らすための検討を行った。 さらにその応用として、内殻電子の束縛エネルギーよりも高いエネルギーをもつ陽電子を試料に入射し、発生ずる特性X線を検出する実験も行った。これにより、陽電子衝撃による内殻イオン化断面積の測定に成功した。 近年、電子の衝撃によるL殻のイオン化断面積の測定結果が閾値近傍において理論計算の結果と一致せず、問題となっている。陽電子衝撃の場合についてもL殻イオン化断面積の測定し理論計算の結果と比較することは、軽粒子と原子の相互作用について理解する上で重要である。しかしながら、陽電子衝撃による内殻イオン化断面積の測定はほとんど行われていない。これは、上に述べた、陽電子対消滅によって発生するγ線によるバックグラウンドが原因である。 我々は、本研究課題で得られた知見を基に、陽電子衝撃による特性X線を低バックグラウンドで測定し、閾値近傍におけるCuのK殻およびAgのL殻の内殻イオン化断面積を求めた。 その結果、CuのK殻のイオン化断面積は理論計算値を良く一致しているのに対し、AgのL殻のイオン化断面積は理論計算の結果と大きく食い違うという結果が得られた。 本年度、陽電子励起X線の低バックグラウンド測定が可能となったので、来年度は、本研究の本題である陽電子と内殻電子の消滅断面積の測定に取り組む。
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