内殻電子を軟X線で励起するとオージェ崩壊過程がおこる。この時間はフェムト秒(10^<-15>秒)であり、分子振動や回転周期よりもはるかに短い。それゆえ、分子内の過剰エネルギーは局在化され、化学結合の切断は分子の極めて限られた領域で起こると予想され、「光メス」として新たな化学反応制御法として期待されている。この発想は、表面反応ではある程度妥当性を持つが、気体分子では必ずしも予想通りの化学反応は起こらない。その要因は不明であったが、本研究においてその理由が明らかになりつつある。すなわち、CF_3C≡N分子の2つのC原子とN原子のK殻電子を識別し、それらを個別に励起した。測定は分子科学研究所の放射光施設UVSORで行った。位置選択的な結合切断が起こることは、生成するフラグメントイオンの分布が異なることから、明らかであった。CF_3^+イオンの運動エネルギー分布の解析をしたところ、CF_3基のC原子のK殻を励起したときの運動エネルギー分布は一成分であるが、C≡N基を構成するCとNのK殻電子を励起した場合は二成分となった。これはC≡N原子を励起すると化学結合の切断と同時にN(またはC)原子からCF_3へ分子内エネルギー移動が起こっており、CF_3基の振動が内部エネルギーの効率的な保存作用をしているためであると結論した。これは、内殻励起による化学結合切断と内部エネルギー緩和が競争するという初めての実証的見解である。 「光メス」効果の源は電子のオージェ崩壊過程と多価イオンの生成である。化学反応としてのオージェ過程と多価イオンの生成の詳細を検討するために希ガスについて測定した。その結果、多価イオンは放出電子の軌道エネルギーと直接的な関係があることが判明した。この結果は、これから測定を予定している分子の位置選択的化学反応制御を予想するためには非常に重要な情報である。
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