分子内の原子の内殻電子を軟X線で励起するとオージェ崩壊過程がおこり、多価イオンが生じる。オージェ過程の時間はフェムト(10^<-15>)秒であり、これは分子振動や回転周期のピコ(10^<-12>)秒より速い。したがって、多価イオン・ホールは初期に励起された原子の極めて近くに閉じ込められる。その結果、多価イオンに起因するクーロン爆発的な化学結合の切断は分子内の限られた位置で起こることになる。この現象は「光メス」であり、新しい化学結合切断制御法として期待されている。しかし、反応過程に関する詳細は未知の部分が多い。ここではCF_3COCH_3分子のF、CおよびO原子のK殻(1s)電子を選択的にπ^*分子軌道に励起した。生成するCF_<3^+>フラグメントイオンの運動エネルギー(KE)は、KE=0eVと0.43eVの2成分であり、F1s励起では0eVと0.43eV成分の比が10:90であるのに対して、O1s励起では50:50であった。CO基のC1s励起では25:75で中間の値であった。CH_<3^+>イオンについては、まったく逆の鏡像の関係であった。すなわち、CF_<3^+>(あるいはCH_<3^+>)イオン生成時のC-C化学結合切断と分子内エネルギー移動が競合していることが明らかになった。この分子内エネルギー移動が、孤立分子における「光メス」効果を弱める原因であることを突きとめた。 大きな温室効果を有するCF_3SF_5分子のK殻励起分解ダイナミックスを研究した。その結果、第2周期元素であるCおよびF原子のK殻励起では「光メス」効果は50%程度の差として観測されたが、第3周期元素であるS1s励起では非常に大きな「光メス」効果が観測された。これはオージェ過程におけるL殻電子の役割が大きいためである。
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