本研究では、固体および液体水素の静的・動的性質を経路積分セントロイド分子動力学シミュレーションの方法によって先験的に解明した。 欧州の中性子散乱実験研究者との共同研究により、液体パラ水素の微視的構造に関して静的構造因子に関するZoppiらが指摘した不一致は、動径分布関数から静的構造因子へフーリエ変換するの際の異なる近似に由来することが明らかになった。 結晶のパラ水素およびその同位体であるオルト重水素について経路積分セントロイド分子動力学シミュレーションを行った。この目的のために新規に標準的なセントロイド分子動力学法とParrinello-Rahman-Nose-Hoover-chain型の定温定庄分子動力学法を統合した技法を開発した。その結果、固体パラ水素に対しては、フォノンエネルギーの高エネルギー端は以前の案験によるエネルギー領域よりもかなり高い結果を得た。パラ水素結晶の高エネルギー領域のフォノン分散は種々の実験の間で結果が分かれており未解決問題であったが、本研究でその結論に対してシミュレーションの立場からの結論を投じた。 液体パラ水素の輸送係数(自己拡散係数、熱伝導率、ずり粘性係数、体積粘性係数)を、量子液体一般の集団的な輸送係数の世界初の計算として、広い温度範囲(14-32K)にわたってセントロイド分子動力学計算によって求めた。特にずり粘性係数と自己拡散係数はどの温度でも実験値とよく一致した。また、熱伝導率の計算値はやや実験値とのずれが大きかったが、それでも3倍以内の大きさであった。一方、古典分子動力学では実験結果からはるかにはずれた値しか与えず、液体パラ水素の輸送係数の特徴が量子効果に由来することが明確になった。 これら、従来のシミュレーションや計算科学的手法ではアプローチの難しい量子液体の物性、特に動的性質を精密に解明したことは、比類を見ないものである。
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