研究概要 |
本研究課題では、K^+漏洩チャネルタンパク質(約6,000原子)のフラグメント分子軌道(FMO)法による全電子量子化学計算を行い、タンパク質とイオンの相互作用とチャネル内でのイオン間相互作用を求め、チャネルタンパク質によるイオン選択とイオン透過機構を電子状態レベルで明らかにすることを目的とする。H14年度に引き続きFMO法とプログラムの改良を行い、カリウムイオン漏洩チャネルタンパク質全系のFMO-RHF/STO-3G計算に成功した。方法論の改良としては、3体展開FMO(FMO3)法を開発して、誤差(標準のab initio MO計算の結果との差)を小さくするとともに(全エネルギーの誤差は数kcal/mol程度)、密度汎関数法のFMO法(FMO-DFT)を開発して電子相関を考慮した高精度計算を可能にした。 チャネルタンパク質は97アミノ酸残基(1,477原子)からなるタンパク質の4量体で構成され、ほぼC4対称性を持つ。計算は、PDBの1BL8を元に構造モデルを作成し、チャネル内に3個のカリウムイオンと1個の水分子を配置した系で行った。全系の原子数は5,902で、標準ab initio MO法では基底関数の数は17,590となる。このような大規模系のab initioレベルの電子状態計算はこれまでに例がなく、本計算が世界最大規模となる。計算時間はPentiumIV(3GHz)のパソコン10台による並列計算で13時間12分であった。使用したプログラムは私たちが開発したFMOプログラムをGAMESSに組み込んだもので、このプログラムはH16年5月に公開した。 計算結果は、チャネル内でK^+の電荷が、主にthr75とtyr78からの電荷移動により、3個のイオンそれぞれで、+0.54、+0.61、+0.54となり、これらのイオン間の静電反発が大幅に緩和されることを示している。また、チャネル内にK^+がない系との比較から、K^+による分極で、thr75とtyr78の主鎖カルボニル酸素の、それぞれ-0.09と-0.04の電荷が誘起され、K^+との安定化相互作用を増大させることが分かった。このように、電子状態計算によりK^+イオンへの電荷移動とタンパク質の分極を調べることが可能となり、カリウムイオンがチャネル内で安定化される仕組みが明らかになった。
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