配位可能な硫黄原子を有する八面体型単核錯体は、構造を保持しながら反応させる金属イオンに依存した硫黄架橋多核錯体を形成する。これら多核錯体は、分光化学的、電気化学的、立体化学的に興味深い性質を示すため、酸化還元挙動、特に酸化または還元反応で生じる化学種の立体構造や電子状態に興味が持たれる。本研究では、まず硫黄架橋三核コバルト(III)錯体について、電気化学的酸化還元反応による吸収およびCDスペクトルや立体構造への影響を、セル内の白金メッシュ電極を作用電極とした分光電気化学的手法により追求した。光学活性なL-システインとその誘導体を架橋配位子として用い、類似キラル三核錯体の架橋配位子内置換基が、電気化学的酸化還元反応の分光化学的、立体化学的性質に与える影響についても追求した。このような検討の結果、三核コバルト(III)錯体は電気化学的に還元すると、段階的な還元反応性を示し、配位子内にキラル部位を含まない異性体では光学不活性体へと変化する。またジアステレオ異性体の場合、安定な絶対配置を保持する還元反応と、水素結合など付加的な構造的安定化による絶対配置の反転を伴う選択的な還元反応を明らかとした。単核錯体部位を1つだけ有する二核錯体を用いて検討すると、さらに興味深い知見を得ることができた。つまり、二核錯体中の1つのコバルトが還元されると、二核構造は不安定化して配位子解離を伴い、ただちに酸化生成物の三核コバルト(III)錯体が選択的に形成する。これらの再編成・酸化反応は各錯体中の金属イオンによる異性化よりも速く進行し、再編成後の三核錯体の酸化還元挙動は各錯体中のコバルト(II)イオンによる難化肱存すると考えられる。
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