1.単一分子磁石の発展型である単一次元鎖磁石の緩和過程について、鎖内の交換相互作用Jに加えて金属イオン自身の磁気異方性Dをも考慮したスピンベクトル模型を提案し、分子磁化が反転する際のエネルギー障壁がどのように表現されるのかを検討した。この模型は上記のパラメーター比J/Dを調整することにより、純粋な一次元イジング模型の示すグラウバーダイナミクス極限から孤立した分子の示す単一分子磁石極限まで連続的に記述することが可能で、シングルスピンフリップ過程および2スピンフリップ過程がそれぞれ異なるエネルギー障壁をもつこと、またある温度を境に支配的な緩和機構が交替する緩和のクロスオーバーが期待されることを示すことができた。 2.分子磁性体の一種として注目されているスピンクロスオーバー錯体[Mn(taa)]の相転移メカニズムの解明を目的に、結晶学的同型な反磁性錯体[Ga(taa)]による希釈固溶体をいくつか調製し、磁化率および誘電率を測定して温度-組成相図の作成を試みた。希釈に伴う転移温度の降下は低濃度域でゆるやかになり、一次相転移からスピン平衡挙動へと移行する、臨界現象の存在が明らかになった。さらに、複素誘電率から動的ヤーン・テラー効果に伴う錯体分子の擬回転のエネルギー障壁を見積もることができた。 3.いくつかの単一分子磁石の磁化曲線および高周波電子スピン共鳴スペクトルの解析用プログラムを開発した。磁性は金属錯体の基底状態の性質であるが、励起状態の情報を取り込むことでより原理的な電子状態の理解が可能となる。そこで配位子場理論に基づく磁性解析プログラムを試作し、従来のスピンオンリーの取り扱いでは解析の難しかった基底状態に縮退をもつ金属イオン(コバルト(II)など)を含む単一分子磁石系への適用を検討した。
|