1日のどの時刻に羽化するかは、その個体の適応度に大きく影響する。ハエ類は一般に早朝に羽化するが、これは夜明け前後の高い湿度と低い温度が羽化に好適であるためと解釈されている。昆虫の羽化時刻の決定において、光周期はもっとも普遍的な時刻信号である。ただし、土中で蛹化する昆虫は、光周期を利用できないので、地温の日周期サイクルを時刻信号として用いている。 光周期に比べると地温は時刻信号としての正確さに欠ける。土の熱伝導率が小さいため、その位相は深くなるほど遅れるからだ。もしも、地中の蛹が同じように地温の変化に応じて羽化時刻を決めているとしたら、深いところにいる蛹ほど羽化時刻が遅れることになる。これでは、地上の好適な時刻に羽化することはおぼつかない。不適な時刻での羽化を避けるためには、この深さにともなう時刻信号の位相の遅れをなんらかの方法で補正しなければならない。そのような補正が実際に行われているのかどうかを確かめるために、タマネギバエの羽化時刻を野外の異なる土深(5cmと20cm)および実験室のさまざまな温度周期下で調べた。 5cmと20cmでは地温が上昇する時刻(夜明け信号)が4時間違ったにも関わらず、両者の羽化時刻(中央値)は1.5時間しか違わなかった。この結果は、夜明け信号の遅れを補正する何らかの生理メカニズムの存在を示唆している。さまざまな温度周期のもとで羽化リズムを解析したところ、地温の日較差がこの補正に関わっていることがわかった。温度周期の日較差が小さいほど羽化時刻がはやまったのだ。自然状態では、地温の日較差は土深が深いほど小さくなる。タマネギバエは地温の日較差に応じて羽化時刻をはやめることで深さにともなう時刻信号の位相の遅れを補正し、蛹化深度に関わらず地上の好適な時刻に羽化することを可能にしていたのだ。
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