レタス苗条中の根毛形成に必須な物質(以降X物質)を、培養3日目の幼植物から集めるのは量的に困難であるので、生育日数が経ち大きくなった苗条からの抽出を試みた。その結果、培養30日を経過した個体からも、単位生重量当たりでは幼植物の1/3程度の含有量であるが、1個体当たりの生重量が3000倍程有るため、容易に充分な量を単離することが可能であることが判った。次に、抽出条件を検討した。従来水抽出を行っていたが、アセトンによる抽出で水の30倍ほど効率的に抽出できた。抽出物の熱安定性を調べた結果、100℃10分では活性の低下は見られなかった。上記アセトン抽出物をC18Sep-pacカラムにかけると、pH3の酸性条件下では20%アセトニトリル画分に、pH6では100%水画分に活性が出てきた。これらの結果から、活性物質は熱に安定な有機酸構造を持つことが推測された。 Sep-pacカラムで部分精製した抽出物を塩酸酸性条件下でC18逆相カラムにロードし、アセトニトリルによる濃度勾配をかけて分離溶出した。全体を5画分に分けた所、2番目のアセトニトリル14-22%の画分に活性が存在した。この画分をもう一度C18カラムにかけ、再度アセトニトリルで分離溶出したところ、アセトニトリル18.5-21.5%の部分に活性が存在した。 このピークに含まれる活性物質をLC-MSとNMRにより同定したところ、クロロゲン酸の可能性が高かった。そこで、市販のクロロゲン酸を用いて、根毛誘導活性を調べたところ、苗条部除去芽生えをpH4で培養した場合は10^<-5>Mで充分な根毛形成誘導効果が見られた。この結果は、クロロゲン酸は根毛形成に必須な物質で、クロロゲン酸の存在が根毛形成の必要条件の1つであることを示している。さらに、無傷の芽生えをpH6で培養し、そこにクロロゲン酸を投与したところ、やはり10^<-5>Mで顕著な根毛形成誘導効果が認められた。この、本来根毛形成が起こらないpH6培地中の無傷芽生えにおいてクロロゲン酸が根毛形成を誘導できたと言う結果は、低pHにおける根毛形成誘導そのものにクロロゲン酸が関与しており、クロロゲン酸の存在は十分条件でもあることを示している。 クロロゲン酸は一時花成誘導効果があるのではと注目されていたが、現在この考えは否定されており、ポリフェノールとしての抗酸化効果のみが知られている状態であった。本研究により、クロロゲン酸は単なるバイプロダクトとして植物体中に存在しているわけでなく、根毛形成において植物ホルモンのように調節機能を発揮していることが初めて明らかにされた。
|