我々はこれまでに、消化管間充織で特異的に発現される転写因子であるFoxl1欠損(Foxl1-/-)マウスでは、腺胃上皮細胞の増殖が昂進し、通常は下等脊椎動物にしか見られないOxynticopeptic Cells様の細胞が上皮内に分化することを見いだした。よってFoxl1の作用機構を調べれば、は虫類から哺乳類への進化の過程で、Oxynticopeptic Cellsから塩酸分泌細胞とペプシノゲン分泌細胞が分化した機構が明らかになることが期待される。また消化管上皮細胞の増殖昂進と分化異常は小腸でも観察されるので、Foxl1は、腺胃だけでなく小腸でも、同様な機構で作用していると考えられる。そのため、Foxl1の作用機構の解析を小腸でも行った。 その結果、Foxl1-/-マウス小腸では、(1)細胞接着因子としては、EphB2およびEphB3が野生型よりも強く(EphB2は約3倍、EphB3は約1.5倍)またより広い(EphB2は約2倍)範囲で発現されること、(2)細胞間情報伝達に関与する因子としては、間充織におけるWnt4およびWnt11の発現が野生型の3-4倍に増えること、(3)細胞外基質としては、上皮におけるSyndecan2および間充織におけるGlypican3の発現が野生型よりも増加していることを見いだした。これらの結果は、間充織で発現されるFoxl1は、Wntなどの作用を介してEphによる上皮細胞の細胞接着を制御し、その結果、上皮細胞の分化が変動するという機構を示唆している。 またFoxl1-/-マウス胃では、SNAP25という細胞内情報伝達物質の発現が野生型の約1/3に減少していることを見いだした。Foxl1-/-マウスでは、胃上皮細胞内でのSNAP25による情報伝達が抑制されるため、その結果、Oxynticopeptic Cells様の細胞が分化するという機構の存在が示唆される。 今後、これらの因子の作用機構を調べることにより、胃上皮細胞の分化と進化の機構を明らかにしたい。
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