カイコの終齢幼虫が一定の大きさに成長すると、脳から前胸腺刺激ホルモンが大量に分泌され(PTTHサージ)、刺激を受けた前胸腺からエクジソンが分泌され、蛹への変態の準備が始まる。本研究では、変態の起点となるこのPTTHサージの生起機構を研究し、PTTHサージが幼虫の成熟に合わせて起きるしくみを明らかにした。5齢中期の血中PTTH濃度とエクジステロイド濃度の変化を詳細に調べると、PTTHサージの前日の同時刻に両者の小さなピークが見つかる。PTTHサージ2日前に少量のエクジステロイドを注射すると翌日に早初性PTTHサージが起きることから、エクジステロイドが脳のPTTH分泌活性を亢進させると結論された。PTTHサージ前日の少量のPTTH分泌が前胸腺を刺激し、分泌されたエクジステロイドが逆に脳を刺激すると考えられる。下位内分泌器官による上位内分泌器官のポジティブフィードバック制御は、無脊椎動物では始めての発見である。一方、前胸腺の長期体外培養法を開発し、これを利用して、4齢中期から5齢初期にかけての前胸腺活性調節のしくみを明らかにした。以下がその要約である。1)4齢中期にエクジソンを分泌した前胸腺は、エクジステロイドによるネガティブフィードバック調節を受けて不活性化する。2)この不活性状態は幼若ホルモンにより維持されるが、3)幼若ホルモンの血中濃度の低下に伴い前胸腺は自律的に活性化し、エクジソン分泌量は僅かずつではあるが日を追って増加する。4)5齢初期の血中に低濃度で存在するPTTHは、前胸腺のこの初期活性化に関与しない。 5齢脱皮直後の不活性な前胸腺は幼虫の成長に伴ってエクジソン分泌能とPTTH応答能を徐々に獲得し、幼虫の成熟時には微量のPTTHに応答し、脳を刺激する十分量のエクジソンを分泌する。これが幼虫の末梢組織の成熟を脳に伝えるシグナルとして働くと考えられる。
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