ヒラメやカレイの変態には甲状腺ホルモンが中心的な役割を果たしていることが既に示されている。しかし、これらの変態で最も興味深いのは、体全体をくまなく流れるホルモンが、どのようにして体の左右を異なった形に変化させるかという点である。本研究ではこの点に焦点をあて、左右非対称な形態形成機構の概要を明らかにした。 まず、変態期に起こる眼の移動には、異体類に特有の硬骨であるpseudomesial bar(Pb)が中心的な役割を果たしている可能性を、光学顕微鏡と電子顕微鏡による観察から指摘した。また、眼の移動が正常に行われなかった形態異常ヒラメの分析から、Pbの形成こそが眼の移動に必須であることを推測した。さらに、Pbが正常に形成されるためには、適切なタイミングで甲状腺ホルモンが供給されることが不可欠であることを示した。以上のことから甲状腺ホルモンはPbの形成を通して無眼側の形質を発現させると推測された。一方、左右で異なる体色の発現については過去の文献を検討することにより、甲状腺ホルモンが無眼側に働き稚魚型黒色素胞の出現を抑制していること、即ち眼と同様に無眼側形質を誘起していることを指摘した。 ホシガレイでは、甲状腺ホルモン投与のタイミングによって左右対称な白化個体(体の両側とも、いわゆる裏側の形質を有する形態異常個体)や両面有色個体(体の両側とも、いわゆる表側の形質を有する形態異常個体)の出現比率が変化した。この結果から、体の左右それぞれについて無眼側形質の誘起に関する甲状腺ホルモン感受性を計算したところ、本来無眼側となる側では、本来有眼側となる側よりも長期間にわたって甲状腺ホルモン感受性の存在することが示された。甲状腺ホルモン感受性が左右で異なったタイミングで存在することこそが、変態期に起こる左右非対称な形態形成の中心機構であると考えられた(タイミング説)。
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