節足動物は成長を続けるに伴い外骨格を新たに形成し脱皮する。特に甲殻類では成虫脱皮後も成長を続けることが観察されている。甲殻類の成長に伴い各器官はそのサイズを増大させることが知られているが、果たして感覚器もサイズの変化を伴うのであろうか?サイズの変化や神経の数の増大などが生じていれば生物のもつ外界の認識様式に変化が生じてしまい、外界情報の受容システムを変化させなければ生存することができなくなる。成長に伴い感覚器が形態学的にも生理学的にも劇的な変化をする甲殻類を用い、その視覚神経系の遺伝的に決定されている可塑的変化を脳の情報処理系と関連付け、情報量の変化に対する情報処理系の対応を明らかにしようとすることが本研究の目的である。材料としては、海岸域に生息する甲殻類等脚目フナムシを用いた。 結果から、体長の増大に従って複眼を構成する個眼数が線形に増大することが分かった。つまり、体長が0.6から4.0cmに増大すると個眼数は800から1500個になる。外界情報の一つである「視覚情報を入力する角度(ヒトで例えるとレンズと黄斑の角度)、実際には個眼のレンズ系の直径と長さの比率」は一定であった。つまり、フナムシでは成長に伴い視細胞などのサイズが変化するにも関わらず、個眼が入力し脳に送る「外界の景色(空間情報)」の基本的なデータは、成長に関わらず一定であった。 電子顕微鏡を用いて、個眼数が増加する場所が複眼内の何処に位置するかを観察した。複眼中央部全体を通して新生細胞などの顕著な形態学的な特徴をもつ視細胞は確認できなかった。周辺部には比較的小さなレンズ(中央部に比べて直系でおよそ半分)をもつ個眼が二重に広がっていた。前方腹側部には、周辺部と同様の比較的小さなレンズ系があり、その下の細胞を観察するとラブドームを持たない細胞、ラブドームを新生しているかのような細胞内にラブドーム構造をもつ細胞などが観察された。 視細胞に含まれる視物質ロドプシンの量を発色団を指標として定量すると成長脱皮に伴って、視物質発色団量が線形に増加することが分かった。体長の大きいものが増加に関してばらつきが多いことが分かり、詳細に検討した結果、増加の割合が年周期変化をしていることが示され、脱皮成長に関連していることが示唆された。
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