ネズミ亜科の進化的動態をハツカネズミ属、アカネズミ属、クマネズミ属、ヤネズミ属において分子系統学的手法を用いて解析した。これら属間の分岐は、核の遺伝子の変異(IRBP遺伝子1152bp、RAG1遺伝子1002bp)およびミトコンドリアDNA(cytochrome b遺伝子1140bp)の変異に基づく系統解析から、ほぼ同時期に分化したことが示唆された。さらに、ユーラシアに分布する種を中心にハツカネズミ属4亜属12種の分子系統学的解析を3つの遺伝子領域について行った。その結果、4つの亜属の分岐は、進化的に短い時間の中で生じ、さらにハツカネズミ亜属において3つの単4系統グループが短期間にそれぞれ異なる地域において分化したことが示唆された。つまり、ハツカネズミ属の種分化は2段階の放散で説明できることが明らかとなったが、興味深いことに、このパターンがアカネズミ属においても認められた。したがって、第三紀後期の地球環境の変動がユーラシアの亜熱帯域および温帯域の異なる地域に生息するネズミ類の系統分化の重要な原動力となったものと思われた。さらに、ネズミ類における系統分化の要素として、1)ユーラシア大陸の構造と地理的隔離、2)異なるニッチへのシフト、そして、3)同一のニッチを持つ姉妹種との共存(ニッチの分化)を挙げられ、これらの要素が種の多様性を理解する上での基礎的要素であると考えられた。クマネズミ類については現在解析を進めているところであるが、上述の傾向を示すことが確認されている。一属一種のカヤネズミは、例外的に種の多様性のレベルが極端に低く、これは第四紀の中盤以降の絶滅が原因であることが分子系統学的解析と化石データの照合から明らかにすることができた。以上のように、ネズミ類の系統解析は地球環境の変動の様相を知る上で重要な知見をもたらすものであることも認識することができた。
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