縄文人・アイヌの形態学的特異性を近隣諸集団との比較だけから考察することは、数学で言えば不定形の解を与えてしまう恐れのあることは、むしろ今日までの研究成果かもしれない。そこで、本研究では、東アジア集団の分化過程を現生人類集団の拡散とその適応戦略という視点からもう一度洗いなおし、その中で、縄文人・アイヌの形態学的特徴がどのように位置づけられるのかを検討した。具体的には、世界のほぼ全域、172集団を比較対象とし、集団間の形態学的類縁関係を探ってみた。その結果、歯の非計測的特徴では縄文人・アイヌは東南アジア集団に類似するものの、頭蓋形態、特に非計測的形態小変異の分析では、アメリカ先住民や極北集団に類似性を示す。このことは、縄文人・アイヌが今日の北東アジア集団に認められる特殊形態が確立される以前のより一般的な北東アジア集団の形態を今日までとどめている可能性を示唆する。そこで、最終氷期が終わるにつれて、東アジア各地で次々に認められる古人骨形態の現代化と、それとは対照的な縄文時代人、さらにはアイヌの後期旧石器時代人骨的特徴の残存を、日本列島の孤立化と合わせて考察できるか否かを検討した。分析法は、従来のmodel-free法に対して、model-bound法ともよばれる、一種のシミュレーション的な分析法、すなわち、集団の大きさ(人口)や移動、混血、あるいは形態の遺伝率を考慮した新しい分析法である。その結果、東南アジア、東アジア、北東アジアの3地域は過去の人口規模がほぼ同じと考えられ、北東アジア集団と東南アジア集団はその系統を異にする可能性がでてきた。この結果は従来形態学的に示唆されていた縄文人の起源が東南アジアということを根本的に見直す必要性を示唆する。
|