本研究では半導体中の電子スピンをqubitとする量子計算の可能性を検討した。これを実現するためには電子スピンが長時間保持される材料と構造が必要とされる。まず、半導体ヘテロ構造中のどの部分で大きなスピン緩和が起きているかを明らかにするために測定を行った。円偏光励起によりスピン偏極電子を生成し、この後におきる電子のスピン緩和過程を(1)光励起直後のエネルギー緩和時(2)バルク部分の電界によるドリフト輸送時(3)バルク部分から量子井戸への捕獲過程以上3つの部分に分け、どの部分でスピン緩和が起きているかを判別できる構造を持ったInGaAs/GaAs系量子井戸サンプルを用い測定を行った。この測定により判明した点は、光励起直後にバルクのバンド端までエネルギー緩和する過程でのスピン緩和は小さいこと、バルク部分をドリフト中のスピン緩和は印加された電界の大きさに依存し、電界が小さければスピン緩和は無視しうることが示された。また井戸への捕獲過程におけるスピン緩和は大きく、我々のサンプルでは全体のスピン緩和を支配していることが示された。これはバルク部分から量子井戸へのスピン注入を行う際に大きな障害になるので、より詳細な検討を要する。現在井戸内の量子準位と捕獲時のスピン緩和との関係を検討するために、井戸幅等が異なるサンプルを用意し、測定に向けて準備を行っている。 量子計算における制御-Not Gateを実現するためには、隣接する電子スピン間に交換相互作用が必要になる。本研究では異なる層に存在する2次元電子ガス間の交換相互作用を利用することを提案し、その大きさを検討してきた。しかしながら、基礎的な考察の結果、隣接する2次元層中にある電子間の交換相互作用の大きさはきわめて小さいことが示された。十分な大きさの交換相互作用を得るために0次元系(量子ドット)の電子スピンをqubitとして使う方向で検討を続けている。
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