研究概要 |
複数原子イオンを固体に入射したときの電子励起に伴うエネルギー付与を理論的に調べた。われわれは,流体モデルによる平均電荷の理論評価式を提案した。それによると,1原子あたりMeV程度の運動エネルギーをもつ炭素クラスターイオンCn(n=2-10)が炭素薄膜を透過したときの平均電荷について,イオン1個あたりに平均したクラスターの電荷Q_nと同速のCイオンの電荷Q_1にはQ_n/Q_1【less than or equal】1の関係がある,膜厚が増加するにつれてQ_nがQ_1に近づく,同じ膜厚では粒子数nが増加するにつれてQ_n/Q_1の値は減少する,という3つの特徴を見出した。これらは,ブルネリらの実験事実を定量的に説明している。また,この理論式では,複数原子イオンの構造が線状かリング状かによってQ_nの値に違いが現れた。こうして決めた平均電荷値を用い,「波束モデル」に基づく誘電関数に基づいて電子励起によるイオンのエネルギー損失量を調べた。1原子当たり約2-6MeVのエネルギーで膜厚25nmの炭素薄膜を通過したC_nイオンのエネルギー損失量をΔE_n,同速のCイオンのそれをΔE_1とすると,RΞΔE_n/n-ΔE_1が正であること,Rのn依存性は弱いことなどがわかった。これらはバゥディンらの実験結果と非常によく一致した。一方,1原子当たり約1MeVのときはRが負となり,実験データと同じ傾向であった。さらにクラスターの構造による差異も理論的に示された。また,18-40MeVのC60に対しても同様の計算を行い、Rが負となることがわかった。また,しきい速度(R=0となるイオン速度)の出現を大局的に見るために,イオン速度と膜厚を2次元座標としてRの等高線図を描いた。その結果,線状構造のC_n、に対してはしきい速度は膜厚とともに非常に緩やかな単調増加傾向を示し,クラスターの粒子数にはあまり依存しないことがわかった。
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